治療と仕事の両立支援コラム
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2023.3.31
まだまだ働きたい自分が「もし病気を罹患したら」
名古屋市がん対策専門部会 委員
名古屋市若年性認知症自立支援ネットワーク会議 委員
服部 文 氏
人生の途上で大きな病気に見舞われること
突然告げられる大きな病気の診断。「思いもよらなかった」「人生最大の衝撃だった」「まさか私が…!?」ショックの大きさを、みなさん異口同音に語られます。これまでの自分の人生にはなかった「患者」としての大変な役割が突然降りかかってくるのです。これまで描いてきた人生設計が崩壊してしまうような危機と言っても過言ではないでしょう。
先行きが見えない不安に、「治療に専念しなくては」との思いがよぎるかもしれませんが、ここで仕事を辞めないようにしてください。診断の直後、それは大きな決断に最も向いていない時期なのです。誰もが共通して経験することですが、強い衝撃で精神的な混乱が生じます。その時期に辞めてしまう「びっくり離職」という言葉があるほど、危うい時期であることを知っておいてください。
両立支援は医療の進歩から生まれた
私は日頃より医療機関と連携し、さまざまな疾患の患者さんを対象に、就労に関する支援をしています。そこでは、治療と仕事を両立したいと願う、さまざまなご相談が寄せられます。
治療をしながら働くという選択肢が広がってきた背景には、それを支える医療の進歩があります。かつては難しいとされていた病気であっても、新たな薬の開発や治療方法によって、確実に治療成績が伸びています。それだけではなく、治療に伴う副作用などのつらさを和らげてくれる支持療法もまた、大いに発達し、このおかげで、治療しながらも質のいい日常生活が送れるようになってきました。言い換えると、「働ける」「働けない」のボーダーラインが曖昧になり、かつ長期化していると言えるかもしれません。
治療とともにこれからの人生を歩む
私たちは自分の体を生涯、医療でメンテナンスをしながら大切に使い続けていきます。すっきりと病気が治ることを願う一方、長く治療とともにある生活を送ることもあるでしょう。その時々に現れる体調や現象は、初めて出会う自分です。驚いたり迷ったりつらさを感じたり、時には思うようにならない自分の体に怒りを覚えることもあるかもしれません。
そんな時は医療に頼ってください。医療は人です。主治医だけでなく、看護師、薬剤師、リハビリ、栄養士、医療相談員など多くの専門家で構成されています。そんなチーム医療が、数多くの経験を踏まえた適切な治療や助言を提供してくれます。的確な援助を得るために、あなたはあなたにしか感じられない心身の痛みやつらさを余すところなく伝えることが大事です。同じ疾患で同じ治療をしていても、人によって反応はまったく違います。あなたのつらさの情報を正確に伝えることが、適切な治療につながります。また、治療の情報を正確に得ることも大切です。国立がん研究センター「重要な面談にのぞまれる患者さんとご家族へ」は、がん患者さん向けではありますが、他の疾患の方でも参考になる、理解を助ける優れた冊子です。ぜひご活用ください。
どうする、どうなる、これからの仕事
仕事についても同じです。治療が始まるとき、たくさんの悩みが生じることでしょう。「休みが取れるのか」「収入はどうなるのか」「医療費はどれぐらいかかるのか」、ただでさえ治療のことで頭がいっぱいなのに、初めて直面する多くの問題に混乱します。それもまた、数多くの経験を持つ支援機関に相談できます。がん、難病、肝疾患については疾患毎の相談支援センターがありますので、初めての相談先としてはお勧めです。
日頃から仕事をしている人が最初に直面することは、職場の「誰」に「何」を伝えるかです。職場に伝えるか伝えないか、それらの決定権はあなたにあります。例えば有給休暇だけで対応でき、それ以降も仕事に影響しないのなら、特段伝えなければならないことはないでしょう。一方、休職を要する治療ならば、発令のために診断書の提出が必要となることがほとんどです。休むことが職務に影響し、周囲の協力が不可欠なら、やはり納得を得て不公平感を生まないことが大切でしょう。休まず仕事を続けられるけれど何らかの配慮が必要ということもあります。そうした伝えること・伝えないことのメリット・デメリットをブレーンストーミングで付箋に書き出して分類していくと、自分の気持ちを客観視して考えることができます。
気持ちを守って、治療とともに働く
職場は様々な人で構成されていて、やはり様々な反応を示されるものです。伝えることで「過剰に反応されるのでは」「不利に扱われるのでは」「立場が危うくなるのでは」「興味本位で噂が広まってしまうのでは」と望まない対応を思って足がすくんでしまうことも多いのではないでしょうか。大切なのは、あなたがこれからどのように働いていきたいかです。その自己理解と行動のために、キャリアコンサルタントの支援を受けることは効果がありますが、身近になければ、この「治療と仕事の両立支援ナビ」に掲載されている支援機関を活用してください。話す先は、直属の上司がいいのか、根回し上手な先輩がいいのか、職場の信頼を集める部長がいいのか、冷静に話せる人事課がいいのか。話す内容は、治療で休みを要することか、病名や治療内容まで含めるのか。さまざまな選択肢から、自分の職場環境に合った戦略を描くことが大切です。
伝えるべき基本的な要素としては「病気を診断されて、これから治療を受けること」「(療養のために休みが必要な場合は)どの程度の期間が見込まれるか」ですが、加えてぜひ強くお勧めするのが「仕事を継続する意思、意欲を伝えておくことです。治療プロセスを通じて継続的に状況を伝え、治療と仕事の両立への道筋を職場とともに描けるよう、調整していくことを心がけてください。治療とともにあるあなたの日常生活が、より質のいいものであることを願ってやみません。
服部 文
一般社団法人 仕事と治療の両立支援ネット-ブリッジ 代表理事
名古屋市がん対策専門部会 委員
名古屋市若年性認知症自立支援ネットワーク会議 委員
1級キャリアコンサルティング技能士
日本癌治療学会認定がん医療ネットワークナビゲーター
NPOキャンサーネットジャパン(CNJ)認定がん情報ナビゲーター
システムエンジニアとして企業勤務の後、自身や家族の病気と転職を経験、「その人らしい人生の選択のための支援」を志し、キャリアコンサルタントとなる。
2012年、国のがん対策基本法に基づく第二次がん対策推進基本計画にて、「がん患者の就労支援」が柱の一つとなったことから、任意団体を立ち上げて活動を開始。
2016年に非営利の一般社団法人として登記。有病者が自己理解を深め、納得して今後の生き方を選択し、職場と協調した職業生活を送れるようになるための支援を実施している。