両立支援の取組事例
事業場内キャリアコンサルタントによる従業員へのサポート事例
事業場内で管理者・人事・産業保健スタッフ等と連携した事例
●支援対象者の概要
- B氏(事務職、40代女性、大腸がんに罹患)
- 卸売業、従業員数は1000人以上
- 支援の内容:対面による60分間の面談3回目/継続
健康診断でがんと診断されたB氏は、手術前後に休職し、休職明けから時間短縮勤務制度を使った就労継続を希望した。産業医との面談を終え、今後の働き方について相談に乗ってほしい、と産業医から相談所※へ連絡が入り、B氏へ来所を呼びかけ、対面による面談を実施した。
※ 注)キャリア相談所:キャリアコンサルタント等を相談員として配置した社内相談の場を設けることがある。主に、人材の定着やメンタルヘルス予防、キャリア形成など様々な目的で設置されている。1年目、3年目、昇進や休職した際など何らかの転機を向かえた人のキャリア面談を定期的に実施するほか、社内制度を利用したい時に今後のキャリアを含めて随時相談に乗れる事業場もある。面談に関する個人情報は、本人の同意なく外に開示されることはない。
初回の面談では、今後の働き方について不安を解消した。その上で、治療開始前に、B氏とB氏の上司、人事、産業医および担当キャリアコンサルタントなど関係者が集まり、主治医の治療方針を元に今後の支援体制を整えた。手術を終え職場復帰したB氏と、抗がん剤治療に入る前に2回目の面談を行った。その後、抗がん剤治療中のB氏から連絡があり、3回目の面談を実施することになった。
●相談の概要:治療と仕事の両立をしているが、自分ではないようだと戸惑うB氏
B氏は仕事は続けているが治療による副作用があり、なんでこんなつらい思いをしてまで治療をしなければならないんだろうと話す。初回面談時から「こんなはずじゃなかった」「なぜ自分ががん?」という言葉を繰り返していた。もともと、自他共に認める明るい性格で職場のムードメーカーであり、従来の明るいキャラクターを無理やり維持している。職場の上司・同僚は普段通りに接してくれているが、治療のつらさは伝えていない。別の抗がん剤治療が新たに始まるにあたって、この先が心配であるという。
●支援の見立て:この先仕事を続けられるか誰にも言えない不安を訴えるB氏
3回目の面談ということから、前回よりもくつろいだ様子で話している。しかし、もともと身体は丈夫な方だったと自負していたことから、初回面談から一貫して病気を受け入れることができない様子。副作用による身体の変化(倦怠感、手足の痺れ、脱毛など)が気持ちに大きな影響を与えており、治療に向き合うつらさが前回の面談の時と比べて大きくなっている。自分自身と病気および治療との折り合いをどこで付けていくか、わからない状況であった。
一方で、復職後しばらく経っているが、治療の辛さや不安な気持ちを部署内の上司・同僚に話せていない。身体変化や不安な気持ちとは裏腹に、“ムードメーカーの自分”であり続けたい強い気持ちによって、職場では平静を装っているため、必要な支援が受けられていない。
●具体的な支援(関わり):職場の関係性を再考して、ありたい自分との折り合いをつける
- B氏を心理的に支えるため、B氏の抗がん剤治療への副作用の辛さなど、誰にも話せなかった思いを1つ1つ受容した。
- “ムードメーカーの自分”であり続けたいというこだわりを紐解いていくと、「職場のみんなの笑顔を支えたい」と言う思いが明確になった。これを踏まえて、より適応的な自己像を明らかにするために、治療中、治療後どうなっていたいか、ありたい姿についてB氏とともに検討した。
- 辛さを1人で抱え職場で平静を装っている孤立感を軽減するために、患者会など同じ経験者から有益な情報を得られるピアサポートの可能性を提示した。
3回の面談で信頼関係を築いたことによって、職場だけでなく、両親にも話していないことを吐き出すことができた。「すごく気持ちが軽くなった」「自分はすごく頑張っていることに気が付き、自分をほめてあげたい気持ちになった」と笑顔で話してくれた。
今後の治療にしっかり取り組んで、予定通りに満了させたいと前向きな姿勢を示してくれた。「自分自身も職場から支えられる存在であること」に気づかれ、ピアサポートについても調べることになった。また、これまでは担当業務をこなすだけの毎日だったが、今後の社内キャリアについてもしっかり考えてみたいとの意思が表明された。
- キャリアコンサルタントは抗がん剤の副作用についてある程度の知識があったものの、B氏の具体的なつらい話を聞く際に、自分が経験したことのないつらさに対してしっかり共感できているのか不安を感じながらの面談となった。産業医などと連携を心がけるなど、情報収集に努めた。
- 病気や治療のつらさ、それを周囲に知られたくない思いを1人で抱えこまないよう、面談の継続利用を勧めるとともに、ピアサポートなど多様な選択肢を提示できるよう準備した。
- 抗がん剤治療に対してB氏の受動的な態度が見られたので、治療は自分の意思で自分のために受けていることを自覚するように関わった。「職場のみんなを笑顔で支えたい」という価値観を動機づけにして、治療後のキャリアについて考え始められるよう心がけた。これらのことがB氏の気持ちを前向きに転換させるのに良い影響を及ぼしたものと考える。
- 次の治療によるB氏の症状の変化によって仕事への影響が懸念されるため、継続して状況を確認し、支援する必要がある。
- 治療がひと段落して短時間勤務を終えた後のキャリア形成についても、B氏の状態を見ながらしばらく継続支援していく必要がある。
- 上司はB氏の体調を聞く代わりに「元気そうだね」と声をかけていたとのこと。しかし、これがB氏を職場で元気に振る舞うようにさせている一要因であった。良かれと思ってした行為が悪影響を及ぼすことがあり、本人と上司・職場の相互理解を深める必要がある。相互理解のための対話の場、病気療養者の心理を知るための研修が必要であると考えた事例であった。
この事例は特定非営利活動法人日本キャリア開発協会の依頼により高橋浩先生(ユースキャリア研究所代表)が監修しています。
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